にいがた人模様:遊休農地を菜の花畑に変える、遠藤文則さん /新潟

8月17日13時1分配信 毎日新聞

 ◇潤いの里を目指して--遠藤文則さん(66)
 大河津分水の土手沿いに、稲が青々と天を突く。日本海を離れて旧寺泊町(長岡市)の奥に広がる穀倉地帯。だが、幹線道を外れて目に入ってくるのは、雑草だらけの耕作放棄地だ。「荒れた故郷の里山をよみがえらせたい」。夢を口にしても、笑顔はない。それほどに道は厳しい。
 約40年間、県職員として「農業普及」一筋だった。自分の故郷がマイナスの状態にあると実感したのは、辞めてからのことだ。
 生まれ育った高内集落は全36戸のうち29戸が農家。1戸当たりの農地は約80アールと小規模なのに加え、40年ほど前の埋め立ての影響で、コンクリート片なども出土する。
 住民は稲作の一方、近くの三条や燕などに職を求めている。国の生産調整(減反)政策もあってか、農業の魅力が失われ始めているとしか思えなかった。今や集落の水田32ヘクタールの約3割、9・6ヘクタールが、遊休農地。特に清水がわき出る丘沿いの耕作放棄ぶりはすさまじい。幼いころ目にした、ホタルの舞う里は見る影もなくなっていた。
 「老人たちまで『ホタルはいないよ』って言うんです。沢に(幼虫が餌にする)カワニナはたくさん生息しているんだからホタルも飛べるのに」
 水田の維持が、環境の維持につながる。その思いから考えついたのは集落営農だ。しかし面積が20ヘクタールほどの高内だけでは、赤字経営に陥るのは確実。近くの集落に声がけし、安定経営に最低必要とされる50ヘクタール規模での法人化を目指している。
 その第一歩として昨年、環境保全を図る団体「大河津ネット」を組織した。「ネットは荒れ地を収益可能な畑に再生するための動機付け」と位置づける。まずは菜の花やヒマワリ栽培で土を生き返らせ、将来的に大豆やそばの実を育てていくつもりだ。「高内集落の発展は自分たち50~60代の責務」という決意と夢が原動力だ。
 この6月、地権者7人と共同で植えた菜種を50キロほど収穫した。
 今月24日の納涼祭では、焼きそばや天ぷらに、その菜種油を使うという。来年は、菜の花畑を1ヘクタールに広げたい。夢は動き出したばかりだ。【根本太一】

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