支局長からの手紙:望郷の花が咲く /高知

9月1日17時2分配信 毎日新聞

 鳥のさえずりが山に響きます。
 国道56号の案内板から脇道に約200メートル入ると、日本人の墓に交じり、安置されていました。黒潮町上川口にある朝鮮国女の墓です。幼児の背ぐらいの小さなお墓に、花が手向けられています。周囲に雑草は見当たりません。同行した植野雅枝さん(70)=同町入野=は「地元の人がきれいにしてくださっているのでしょう」。
 植野さんは地元の中高生らが墓の由来を知らないことに胸を痛め、史実を基に、墓に眠る少女の生涯を童話にしました(27日23面参照)。少女は豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592年)の際、連行されましたが、機織りの技術を地元に伝え、打ち解けながらも望郷の念を抱いて亡くなるという内容です。
 元高校教諭の夫末丸さん(04年に71歳で死去)に見せると、「なかなか良く書けている。本にしたらええねえ」と勧めてくれました。「絵描きに頼むと料金が高い」と悩んでいたら、末丸さんが「絵を描いてみよか」と買って出ました。まったくの素人です。絵の具を買うことから始めました。
 もう一つの幸運がありました。宿毛市に完成した中筋川ダム湖の名称募集に、植野さんの「蛍湖」が採用されたのです。自費出版の費用200万円のうち、半分はこの賞金を充てました。そして97年に絵本「むくげの花の少女」を2000部出しました。
 植野さんを突き動かしたのは、小1のころの苦い体験です。出身地・堺市には日本名で通うコリアンの同級生がいました。「優秀な男の子でした」。差別が根強かった戦前です。「お弁当が持参できないその子を友達と一緒に、言葉で侮辱しました」。それが植野さんの父親にばれ、一日中、庭の木に縛り付けられました。父清さんは北朝鮮の鉱山で勤めた経験がありました。現地の人の心情を理解し、差別が見過ごせなかったのです。その後、朝鮮人への強制労働などの悲しい現実を折に触れ説明しました。植野さんの原点です。
 植野さんは毎年、町立上川口小に招かれ、5年生に近くのお墓の由来を伝えます。子どもたちは過去の悲話にびっくりします。植野さんの元には子どもたちの感想が大切に残してあります。「日本はすごく悪いことをした」「放課後に友達とお墓参りに行った」。植野さんは言います。「本当にいい手紙をくれる。一番関係の深い両国。仲良くできんことはない」
 植野さんがまいたムクゲの種は次々と芽吹いています。ハングル版、英語版が相次いで自費出版されました。いずれも赤字覚悟です。通訳ボランティアの野口房子さん(74)=高知市新本町1=は絵本を読んで、すぐにお墓参りをして、「外国の方にぜひ読んでほしい」と英語版を発行しました。
 絵本の題名は、少女の死後、好きだった庭のムクゲが枯れたという言い伝えから名付けました。植野さんは国女の墓に1本のムクゲの木を植えました。すくっと伸びた緑の木は、この夏も大柄の白い花を10輪以上咲かせています。【高知支局長・大澤重人】
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 日本語版はこのほど完売。ハングル版も残部少数。問い合わせは植野さん(0880・43・3146)へ。英語版は飛鳥出版室(088・850・0588)へ。ともに原本の日本語付き。
 shige.oozawa@mbx.mainichi.co.jp

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