アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《26》=「虫も鳥も帰ってくる」=自然に優しい森林農業

「ここの土はすごいでしょ。ほとんど肥料やってないのに歩くとフカフカする。農薬やらないからミミズがいっぱい住んでいるんです」。
 そう言って、愛おしそうに畑の土をつかむのは、昨年までトメアスー郡の農務局長を4年間務めるなど、森林農業の普及に尽力する小長野道則さん(51、鹿児島県出身)だ。親に連れられ2歳でトメアスーに入植し、現在では850ヘクタールの土地を所有、うち180ヘクタールを農場にしている。
 森林農業は、アマゾンの大自然に苦汁をなめさせられ続けた日本移民が、身体をはって踏ん張り抜いた末に作り出した独特な農法だ。
 近代農業の基本であるモノカルチャー(単一作物大規模栽培)は、アマゾンにガンとして拒絶されてきた。フォードを初め多くの欧米資本の事業や欧州移民の移住地が解散してきた事実はそれを雄弁に物語っている。
 日本移民も胡椒栽培を通じてそれを痛感した。60年代後半から根腐れ病が蔓延して壊滅的な被害をこうむり、胡椒景気は10年余りで終わってしまった。
 しかし、今の伯国農業の中心は、大豆やトウモロコシ、サトウキビなどの輸出産品だ。「大変な借金を抱えてやるバクチ農業、自然から収奪するだけの永続性のない農法だ」と小長野さんは感じており、「モノカルチャーではアマゾンはいずれ砂漠になる」と警告の声をあげる。近代農業にもいずれしっぺ返しが来ると見ている。
 森林農業の畑を作るのに資金は最低限で良い。マンジョッカを長年生産して養分がなくなって放置された土地に、肥料を入れバナナを植える。収穫するためでなく、途中で切り倒して有機養分にするためだ。「貧乏だったから、あるもので工夫するしかなかったんですよ」と謙遜する。
 3年たった森林農業の〃畑〃は一見すると茂みにしか見えない。頭上を覆う果樹植物の葉で薄暗くなった環境に、背丈以上の胡椒の木が育ち、たわわに実がついている。足元には果樹の落ち葉がたまり、微生物が分解して有機質に変えている。
 「これなら鳥も虫も帰ってくる。落ち葉で覆われた地表からは雑草が生えないので除草剤はいらず、農薬や化学肥料も最小限で十分、病害虫も発生しづらい」という。
 その養分でミミズや微生物が増え、同じ畑に植えられた陸稲、胡椒、マラクジャ、カカオ、マホガニーなどがだんだん育っていく。畑は徐々にこんもりした藪になり、木陰に覆われた地表には雑草も生えない。初年度は米が取れ、次にマラクジャ、その後からカカオの収穫が始まり、さらに数年間は胡椒も。30年経つころにはマホガニーが立派になっている。
 同じ畑から数年ごとに収穫物が移り変わり、最後には再生林の極相森になる。自然と寄り添うこのやり方はアマゾンの神さまから許された。
 かつて、カカオの実が黒くなるテングス病が蔓延したことがある。
 「黒くなったのを切り取って地面に植えて自然に分解させると、次の年には病気の原因となる胞子が発芽しないことが分かった。分解させないと胞子を振りまきもっと拡がる。自然環境のバランスがとれていれば広まらない病気だったんです」
 自分の肥料や苗まで持ち出して近隣のブラジル人に広めている理由を問うと、「人間食べられるようになれば悪いことをしなくなり、治安も向上する。森林農業のおかげで、子供も町に出ないで一緒に働くようになったと感謝されています」と多面的な効果をのべた。
 小長野さんは「家内には週末ぐらい家にいろと叱られますが、週に1回は畑に出ないと休まらない」と頭をかいて笑った。(続く、深沢正雪記者)

写真=マホガニー、バナナ、胡椒、マラクジャなどがうっそうと茂った森林農業の〃畑〃。土の表面にはたっぷり落ち葉が溜まっている/小長野さん

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