病院から地域へ、「人生を取り戻すために」

7月13日11時51分配信 医療介護CBニュース

【第69回】末安民生さん(日本精神科看護技術協会会長)

 厚生労働省の精神保健福祉対策本部が2004年9月に取りまとめた「精神保健医療福祉の改革ビジョン」で、「入院医療中心から地域生活中心へ」という精神保健医療福祉施策の基本的な方策が示された。また同省は昨年4月に「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」を設置し、ビジョンに基づくこれまでの改革の成果を検証するとともに、入院患者の地域生活への移行支援のための方策などを検討している。同検討会の委員で、6月1日に日本精神科看護技術協会の会長に就任した末安民生さんは、今後の精神保健医療福祉を考える上で、「その人の人生を取り戻すことが、一番必要だ」と語る。病院で多くの月日を過ごした患者が人生を取り戻すために求められていることは何か-。末安さんに聞いた。(前原幸恵)

-精神保健医療福祉が変わろうとしている中で、日本精神科看護技術協会の会長に就任されたわけですが、今どんなことをお考えですか。

 今、精神科の病院がどうなっているのか、精神医療がどう変わるかというのが、少し見えにくい。精神科の看護師が病院で引き続き働いていけるのか。働いていけるとしたら、病院はどんなふうに変わるのか、という見通しを持たないといけない。
 また今後、地域で働く看護師、例えば訪問看護ステーションとか施設で働く人たちを増やしていくという戦略も必要だと思う。でも、そこでは精神科の看護師だけが働いているのではなくて、精神保健福祉士さんや作業療法士さん、心理職の人たちも働いている。そういう場所では単に数が増えればいいという話ではなく、どういう仕事をするのかということが問われてくる。もし病院がなくなっていくのだとしたら、その代わりに何ができるのか、何を求められているのか、ということを考えていく必要があるだろうと思っている。

■「患者のかすかな願いをかなえられるなら、支援しなければならない」

-厚労省の推進する、退院可能な精神障害者の地域移行支援の取り組みについてどう思われますか。

 薬物療法も進歩したし、障害者自立支援法ができて3年が経過した。地域では「患者を受け入れていける」と言っている。それなのに実際には、多くの患者は地域に出てきていない。なぜなのか? わたしには不思議でしょうがない。
 確かに、「病院から出たくない。このままにしといてくれ」という患者が少なくないのも事実だ。わたしも地域移行支援事業にかかわって患者さんのそばに行く機会があり、そういう言葉を直接聞くこともたくさんあった。精神科病院に30年、40年入院している人はもう、精神病院のベッドの周りが自分の世界になっている。病院をわが家だと思って生活している人に、「いや、あなたの家はここじゃない」と言っても、「何のこと言ってるの?」という感じだと思う。だけど、自分の周りでぽつぽつと他の患者さんが退院されたりとか、逆に病気や老衰で亡くなる方を見ると、「そのうち、わたしもああなるのね」と言われる。だから、その人たちのかすかな願いをかなえられるなら、わたしたちは支援しなければならない。例えば、親の墓参りに行くとか、もし家があれば、家に行くとかするべきだ。実際に何十年も帰っていない家に行くと、更地や駐車場になっていたり、家が崩れ落ちる寸前になっていたりするのを見て、かえって落胆する患者さんもいないわけではない。でも、近所の方の中に知っている人がいたり、「風景はだいぶ変わってるけど、この街並みは変わってないな」という話があったりすると、「あそこに帰りたい」という思いが出てくる。なかなか退院できない患者さんがいたとしても、落胆する必要はなくて、その人がどんな人生を歩んできたかということを、その人と一緒に考えるということが必要なんだ。「その人の人生を取り戻す」とか、「住み慣れた町に帰す」ということを政策としてやるべきだと思う。そこには、その人の基盤があるわけだから、一度そこに戻してあげるということ。その後で「やっぱりここじゃなくていい。病院に戻りたい」という人がいるかもしれない。そのときは「戻っていらっしゃい」と言ってあげればいい。
 つまり、「人の幸せは何によって得られるか」ということ。そのために国家は何をするか? 本人は何をするか? 医療従事者は? 看護師は? そういうことだとわたしは思う。

■「足りないものを用意したら、よくなるかといったら、よくならないんだよ」

-退院可能な精神障害者が地域での生活に戻れるように、看護師はどういうふうにかかわるのですか。

 精神障害の患者さんは、精神症状の出方によって生活障害が変わる。つまり、生活のしづらさが変わる。これは、一人ひとり相当違う。その「生活のしづらさ」に丁寧に対応していかなくてはいけない。これは、介護保険のようにランク付けして、「このランクだったら、何をいくら」というように、サービスを振り分けるということじゃ済まない。行政の人がシートでチェックしたり、ケースワーカーが来てケースマネジメントしたりして、「これが足りない。あれも足りない」と並べて、それを用意したら、精神障害者がみんなよくなるかといったら、実際はよくならない。
 精神科の看護師は、「きょうのスケジュールをこのまま決まっている通りやったら、夜眠れなくなるな」とか、「自分を傷つけるんじゃないかな」とか、そういうことを推測する。それは、何かチェックリストのようなものがあって、「この要件満たしたら、危ないんじゃない?」となっているのではなくて、何が起ころうとしているかを分かろうとする。「分かる」じゃなくて、「分かろう」とする。「今、この人には何が必要か。お金とか制度ではなくて、自分を取り戻すのには何が必要か」という見極めは、訓練をした看護師でないとできない。
 わたしが看護師として一番大切に考えていることは、患者さんが「どうしたいのか」を一緒に確かめるということ。病院で生き続けるのか、退院していくのかということは、患者さん自身が決めなきゃいけない。介護保険のように要件が整理されていて、「病院にいる必要がなかったら、地域に移行します」という問題じゃない。地域で暮らしたい、家に戻りたい、きょうだいのとこに行きたい。それが全くなかったら、一人で生きていけるかどうかを決めなきゃいけない。その意思決定に、わたしたちはかかわる。
 今、精神科病院は新しくなっていて、きれいで食事もおいしくて、至れり尽くせりというところも少なくない。そういうところで暮らして、毎日時間が過ぎていると、「自分の人生はこういうものだ」と思ってしまう人の方が多いと思う。でもそれを「そうじゃないかも」、「自分はもっと違う可能性があるかも」とか、「今ここにいる自分は本当の自分なのかな」と思うとか、看護師の支援で、そういうふうに考えられるようにしなければならない。

-今後の課題は何ですか。

 今は、地域で精神障害者の生活を支援している看護師が病院の中に行く機会は、ほとんどない。地域で見ていた患者さんが入院して、面会に行くことはできるけど、それはそれまでの関係の延長線上のこと。そうじゃなくて、地域で働いている看護師たちが、「わたしたち、ここにいるから、患者さんを地域に帰してもいいよ」と言って病院に入って行くことが、今の制度ではできない。看護師の数は病院の方が圧倒的に多いから、病棟から地域に出向くことが制度の中でまず取り入れられた(精神科退院前訪問指導料)。今度は逆に、退院前訪問を地域の側から病院にやっていくというのをやりたい。早く退院して地域に帰ってこられるように、訪問して「町の中はこうよ。家族はこうよ」と言ってあげる。それが退院に向かっての患者さんの変化につながるようなかかわりを、地域の看護師がやる。そういう働き掛けは、病院の中の看護師にはできないから。

■地域の福祉サービスにも「医療の視点」を

-地域に戻ってきた精神障害者を支えるためにすべきことはありますか。

 わたしは、地域の福祉サービスを行うところにも、医療の視点が必要だと思っていて、そこに看護師を配置すべきだと考えている。
 精神障害者の社会復帰の施設を今、数は変動しているものの、1万人から2万人くらいの人たちが利用している。でも統計的に言うと、その人たちの26%、4人に1人は必ず再入院している。それを「精神障害者は地域で福祉サービスを受けて暮らしていても、4人に1人は再発する」と考えるだろうか。もしかすると、そこにもっと十分な医療提供があったら、4人に1人の再入院が8人に1人になるかもしれないじゃないですか。これは、統計的な有意差や証明はまだできていないから、やってみないと分からない。けれども、わたしは自分の経験を通して、「再発や再入院を防ぎたいから、変化に早く気付く」「病気が悪くなる兆候を把握する」あるいは「外来に通院しているが、薬を飲んでない人を発見する」、このようなことを可能にするためには、医療の経験が必要だと実感している。
 その核となるのが、地域の訪問看護ステーションであり、そこで提供される看護だと考えている。訪問看護ステーションは、必要な医療を地域で提供するための資源としてつくられたものだから、有効に活用できたらいいなと考えている。

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