芽吹きの春、食べられる雑草を取りながらの散歩はいかが-。こう勧めるのは、「道草料理入門」(文化出版局)の著者で、料理研究家の大海(だいかい)勝子さん(59)。「道草を食う」は、馬が草をはんで前へ進まないことを語源とする慣用句だが、大海さんはあえて言う。「道草を食って」 (市川真)
「あれは全部、西洋カラシナ。今が旬でおいしいんです」。そう言って大海さんが指さしたのは、東京都東久留米市内を流れる小さな川の河川敷。見ると、黄色いかれんな花が咲き誇り風に揺れている。もとは外来種だが、今は全国で見られる春の植物だ。
その川の上流にある二十数本の桑の木からは五月下旬、紫色の実がたくさん採れる。甘酸っぱく、ケーキなどのデザートに合う食材という。きれいな水が絶えず流れる水辺に群生するクレソンは、健康野菜として販売もされている。
近くの公園に移動すると、「ほら、ここにも」と大海さんがしゃがんだ。注意して足元を見ると、芝生の緑に溶け込んで、ノビルの群生があっちにもこっちにも。丸い葉で茎の太そうなものをゆっくり抜き取ると、直径五ミリを超す球根が出てきた。焼くと、ニンニクのようなホッコリした食感と甘みが特徴だ。「田舎に行かないと食べられる草はないと思いがちですが、身近にもたくさんあるんです」と大海さん。
大海さんが道草を食べ始めたのは三十年ほど前。夏休みになると、出版社に勤めていた夫と家族で野山にキャンプに出かけ、食料を現地調達したのがきっかけだ。新潟県出身の夫は、山菜以外にも、おいしい草があることを知っていた。近所にも、戦時中の疎開先で雑草を食べた経験のあるお年寄りがいて、何がおいしいのか教えてくれた。
草摘みに最適な場所は、今やどこにでもある耕作放棄地や休耕田。近くに人がいたら、一声掛けてから採るようにしよう。「土地所有者かどうかにかかわらず、近所の人とコミュニケーションを取りながら草摘みをすると、楽しさが広がりますよ」
使われている田畑の周辺は、除草剤がまかれている可能性がある。また、幹線道路の近くでは草に排ガスが染み付いているかもしれないので要注意。キョウチクトウやアジサイ、スズランなど、毒の成分を含む雑草もあり、大海さんは「何でも口に入れるのは避けた方がいい。草摘みは図鑑片手に」と助言する。
公園や川など、公共の場所では、食べる分だけ取る節度も大事だ。
こうした“道草”経験を繰り返すことが、川がどのぐらい浄化されているか、そこが除草剤をまかれている土地なのかどうかなど、身近な自然環境に目を向けるきっかけにもなるという。
どう料理するかだが、日本の伝統的な山菜の食べ方であるおひたしや天ぷらだけでは、ちょっと寂しい。大海さんは「フレッシュさが売り。手の込んだものではなくても、摘んだその日の夕食には食べてほしい」と勧める。
自然のものだけにアクやえぐみが強いのが当たり前で、摘んだら手早く調理して早く食べてしまうのがポイントだ。韓国や沖縄料理には参考になる調理法が多いという。雑草といっても、本当の旬は桜の花と同じく一週間ほどしかない。大海さんは「栽培された野菜が一年中売られている中、雑草は、残された本当の旬を味わえますよ」と語る。