農政に翻弄され不信/戸別所得補償

水を張った水田に田植え機が行き来し、次々に苗の緑で埋まっていった。伊勢原市三ノ宮の塩川克博さん(59)は15代続く農家だ。

 「米はぜんぜんもうからないよ」。あぜ道の雑草を取り払いながら、そうつぶやく。今年度始まった農業者への「戸別所得補償モデル対策」は、すでに申し込み済みだ。

 モデル対策は、事業に参加する米農家を対象に、10アール当たり1万5千円が交付される。県農政課は県内の対象農家を約8千戸ほどと見込む。申請期間は4~6月末。農林水産省のまとめでは、5月末時点の県内の申請者は235件にとどまっている。

 戸別補償制度によって得るお金は米の出来や価格などにもよるが、塩川さんは交付金の金額を、ほぼ定額部分だけの数万円になりそうだと予想する。「数万円でももらえれば機械の燃料代の足しになって、そりゃあうれしい」。そう話す一方で、「全国一律でばらまくのはどうか。票稼ぎの政策だ」とも言う。

 塩川さんが高校生だったころ、家の水田は100アールあった。それが今では生産調整などの影響で40アールに。この規模では稲刈り機など数百万単位の機械を導入するのは割に合わない。友人に10アールあたり3~4万円を払って作業をしてもらっている。肥料や機械の燃料代を差し引くと米での収支はとんとんだという。

 収入の9割はブドウや梨などの果物。東京や横浜など大消費地に近く、果物類は宅配の注文や直売所で品切れになるほど人気だ。

 首都圏に位置する神奈川は耕作面積は少ないが、気候が安定していて果物でも野菜でも、多様な作物を栽培できる強みもある。塩川さんの周辺の農家も米専門の農家はほとんどおらず、単価の高い果物などを作って暮らしている。東北地方の大規模稲作農家とは経営形態が違う。それでも米作りをやめないのは「米は農家の基本」という自負だ。

 1・5ヘクタールの水田で米作りをしている別の農家の男性(49)は「時の農政に翻弄(ほんろう)されてきた」と嘆く。昔から自民党を応援しているが、「米が余った時には『米作りを休め』。冷害の時には生産調整のたがを外した」と指摘。民主党についても「農政は今も場当たり的で、所得補償はその最たるもの。財源は大丈夫か。来年も制度を続けられるのかどうか」と疑念を抱く。

 2人の農家は政治を見限ったわけではない。塩川さんは「口蹄疫(こうていえき)の被害が出た宮崎県の酪農家のことを思うと、自分のことのようにつらい。私たちじゃなく、本当に困っている人のところにお金を回す仕組みが必要だ」と訴える。また、男性は「農業を継ごうとする若者の背中を押すような政策を」と注文をつける。

(須田世紀)

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 昨年の政権交代によって、仕事や暮らしにかかわる多くの政策が変わった。農業、医療、子育て、公共事業――。県内の現場では、変化をどう受け止め、何が課題となっているのか。各地から報告する。

◇キーワード・・・ 戸別所得補償制度

 農家の経営安定を目的に、米など基幹農産物の市場価格が経費を下回った場合、赤字部分を政府が補償する制度。昨夏の衆院選で民主党が掲げたマニフェストの目玉の一つで2011年度から本格実施の予定。今年4月からは米農家を対象に「モデル対策」がスタート。10アールあたり1万5千円が助成される「米戸別所得補償モデル事業」と、麦や大豆、飼料用米など転作作物ごとに定額助成する「水田利活用自給力向上事業」の二つで構成する。

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